熊谷市市街地調査

代表者の研究の一環として、熊谷市、大宮市、宇都宮市、郡山市の中心街の調査を行いました。今回は、予備調査なので、現地にいって資料の簡単な検索。街の人たちへのインタビュー。このときの“感覚”で実際の研究に採用するかどうかのあたりをつける調査でした。

やはり、現地に行かないとわかんないことが多いです。簡単な調査では、資料によっては埼玉県下では熊谷だけが空襲を受けた、としているものもありましたが、実際には大宮などでも大規模な市街地空襲ではなくても、東京空襲の延長で焼夷弾が落とされ、死者2名、罹災者1208名をだしています。京都には空襲が無かったというのと同じように、確かに大規模ではなくても、街に十分な影響を与える戦災はあったわけです(実際、京都にも空襲ありました)。このことは、大宮市の旅館の主から聞いてわかって、あとで資料を調べて確認できた事実です。

熊谷市の空襲は、そういう意味では、埼玉県における空襲の一つですが、もっとも大きな被害をもたらしたものでした。空襲の理由は、中島飛行機の部品工場があったからとか、熊谷飛行学校があったから、とか言われますが、その日は8月14日の深夜。終戦の一日前です。死者266名、罹災者15,390名。市街地の70%を焼く空襲でした。

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上の写真は、市内中心部を流れる星川です。この星川は、空襲、水を求めて避難してきた人たちが集まった場所で、ここで100名近い犠牲者が出た場所とのことです。戦後は、この星川を市民の憩いの場として整備する、そんな意図のもと、街は復興されました。この写真に見える提灯は、7月20日から22日に開かれる熊谷うちわ祭りのために準備されてる提灯です。撮影したのは、7/12なので、祭りの二週間前からあるってことで、熊谷市民のこの祭りへの意気込みが感じられます!

熊谷の街並みは、星川と線路の間に東西に広がっています。駅の近くがもっとも一般的な店がつながり、西にいくとコアな店。東にいくと寂れた雰囲気になっていきます。下の写真は、西に向かったもの。ゲイバーがあったりと、なかなかにマニアックな雰囲気になっていきます。

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熊谷は街の人に聞くと、ホルモンがB級グルメとして有名らしいです。街の人におすすめされたのは、大阪ホルモンという店だったのですが、やはり関西人なのに、関東で大阪という名前の店に入るのは抵抗があったので、隣の金ちゃんという店にいきました。モツが本当においしかったです。

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次の日の朝は、図書館に行きました。この図書館には歴史資料コーナーもあったので、そこで空襲の資料を見てから、本の検索。ここは司書の方が非常に親切で、空襲に関する資料を探してきてくれたりして、短時間でしたが、大事な資料をいっぱい複写することができました。

ただ、この図書館のまわりは、ナンパが盛んなようです。

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熊谷を含めた、北関東は、年間を通じて、本当に天気のよいところだそうです。つまりは、この時期に行くには、尋常なく暑いとこでもありました。37℃とか普通にでてました。調査をするには熱中症に注意です。

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昼間の星川。何気ない小さな川です。調査を通じて、この川で亡くなった人、そしてこの川を今のような形にするために、がんばられた人。街の中には、そんな人間のドラマがつまっています。そんなことを強く感じた熊谷の調査でした。

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(木川)

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